社会教育

トップページ > 社会教育 > 文化財 > 明石市内の主な遺跡 > 船上城跡

明石市内の主な遺跡

17 船上城跡

所在地 明石市新明町
時代 安土・桃山時代
概要

船上城は、明石川の河口西岸に築かれた平城です。
現在は、本丸跡と伝えられている微高地が残されているのみで、城下町の大部分は宅地となっています。
羽柴秀吉は天下統一を進めるため、四国攻め直後の天正13(1585)年家臣の所領替えをおこない、高槻の高山右近を明石に封じました。
右近は枝吉城(神戸市西区枝吉)に入り、本格的に船上城の築城に着手しました。
城の西側には城下町を整備し、南側には堀を経て海へつながる港を建設したようです。右近は約2年間にわたり、明石を治めました。

昭和56年度の兵庫県教育委員会による調査において、船上城の堀跡の一部と思われる溝状遺構と、建物に伴う暗渠が検出されています。
さらに平成3年の明石市教育委員会による調査では、東西にのびる屋敷境の溝跡が検出されました。
溝跡からは焼けた瓦類の他、17世紀初頭の唐津焼、織部焼、志野焼等が見つかり、本丸のまわりに武家屋敷が広がっていたことが裏付けられました。

元和3(1617)年に、信濃の小笠原忠政(のち忠真)が明石城主として赴任し船上城に入りましたが、同6(1620)年に明石城の完成とともに廃城となりました。

参考文献 「日本城郭大系12大阪・兵庫」(新人物往来社 1979)
「講座明石城史」(明石城史編さん実行委員会編 2000)
調査風景
船上城跡

明石市内の主な遺跡一覧へ戻る

上記に関するお問い合わせ先

明石市文化・スポーツ部 文化振興課 文化財係
〒673-0846 明石市上ノ丸2丁目13番1号(明石市立文化博物館1階)
TEL:078-918-5629 FAX:078-918-5633
E-mail:bunkashinkou@city.akashi.lg.jp


ページトップ