阪神タイガース 藤本敦士選手
〜元気の源は負けず嫌い〜

(2001)
ふじもと あつし選手
Q.野球を好きになったきっかけは?
A.テレビを通じて。まぁ、その頃阪神が強かったっていうのもあるんですけど、それを見て将来プロ野球選手になりたいなぁと。

Q.野球をやりだしたのはいつですか?
A.中学からです。小学校ではソフトボールをやっていました。

Q.トレーニングでつらいことはなんですか?
A.練習は全部しんどいですけど、別につらいとは思わないですね・・・なれてきたっていうか。

Q
.ここまでやってこれた心の励みとか、ありますか?

A.励みというか、一度僕は野球をやめたんですけど、野球が好きっていうか、「自分には野球しかない」って気持ちが強かったから今までやってこれたと思います。

Q
.勇気や元気の源となる言葉は?

A.言葉ではありませんが、基本的に「負けず嫌い」です。野球では誰にも負けたくないっていう気持ちが強いから。

Q
.では、ここで少し質問を変えて・・・(ニヤリ!)好みの女性のタイプは?

A.うーん・・・(困)まぁ、ころころ変わっているんですけど、そんな女好きって思われるのもマズイんで・・・まぁ、普通に生活感のある女性が今はいいですね。

Q
.じゃあ、この3人の中だったら、誰が一番好みですか!?(ドキドキ)

A.また、今度・・・・(汗)犯罪になっちゃいますよ。

Q
.(ガッカリ)では、気を取り直して。試合や勝負の際、ジンクスなどはありますか?

A.ジンクスというか、まぁゲンをかついでいこうとして、ことごとく敗れるんで。(笑)まぁ、その日その日で活躍できれば続けていこうと思っています。日に日に変わるのでこだわっているものはないです。

Q.今、目標としている人とか尊敬している人、追い抜きたいなと思っている人は?
A.とりあえずは、12球団全部の同ポジションの人に追いつきたい、そして、いつかは追い抜きたい。目標っていうか、見本になっているのは、横浜の石井琢朗選手です。

Q
.情報紙の読者、特に野球選手にあこがれている子どもたちに、ひとこと・・・

A.とりあえず、上を目指そうとすれば苦しいことはたくさんあると思うんですが、あきらめない気持ちを持つことですね。それを達成できたらさらなる上が見えてくると思うんで。一生懸命がんばってほしいです。

Q
.今シーズンを振り返ってみて、どうですか?

A.開幕は2軍からのスタートだったんですけど。1軍にあげてもらって、いい調子でいっていたんですがケガして・・・でも、またこうして1軍にあげてもらえるってことは、まだ可能性があるってことなんで、今シーズンは成績もあんまりだったんですけど、来期にむけてきっかけをつかんだというか自信も少しもてたと思います。来年、再来年のことを考えてどんどんレベルアップしていきたい。

  照れながら答えてくださった言葉ひとつひとつに、藤本選手の意気込みが感じられた取材でした。最後にスタッフ一同と握手してくれたその手はマメができていて、まさに野球選手の手。来年もがんばって、明石の子どもたちに夢と希望をあたえて下さい!!


 ご両親にインタビュ〜

藤本選手は明石生まれの明石育ち。ご両親は西明石の商店街で焼き鳥屋を営んでおられます。土曜日の午後、開店前のお店におじゃまして、お話をうかがいしました。店内に入ると壁には藤本選手の記事や写真がいっぱいです。


Q:幼い頃の藤本選手はどんな感じでしたか?
父:やんちゃくれやった。(笑)

Q
:子どもの頃からプロを目指して頑張っていらしたんですよね。

母:お父さんがソフトボールの監督やったから、最後にはプロという感じで。それを目指してやっていたみたいですよ。

Q
:今、晴れてプロで活躍されていますがどうですか?

母:うれしいですけど・・・ねぇ、ハラハラドキドキで。あとはもう、ケガさえないように祈っています。

Q
:学校の勉強はどうでしたか?

母:できませんでした。(笑)だけどスポーツは一番です。

Q
:好き嫌いはありましたか?

父:一番嫌いなのはなすび!あと、グリーンピース。
母:そうそう、なすびとグリーンピース。(笑)

Q
:子どもの頃のポジションは?

父:中学頃から今まで、ずっとショートです。

Q
:何をして遊ぶのが好きでしたか?

母:やっぱり、野球やね。練習して、帰ってきてもまた友達と集まって野球して。(笑)

Q
:ご両親とキャッチボールなんかも?

母:やりましたよ。チラシとか新聞紙とかを丸めて。それだったら(あたっても)痛くないやん?ガムテープでグルグルまいたやつをかごにいくつも作ってね。昔はテレビゲームもあまりなかったし。

Q
:よく球場には行かれるんですか?

母:5回くらいしか行ったことないです。お店があるから・・・
父:あんまり休みよったら、お客さんに怒られる。「せっかく来たのにー」って。(笑)
  それにテレビがあるから、お客さんといっしょに応援もできますし。


 花園小学校時代はソフトボールで活躍。お父さんが監督されている時、県大会へ出場しみごと優勝。そして全国大会へ。望海中学卒業後、育英高校へ進学。キャプテンとして春の選抜で甲子園へ。軌道にのっていた藤本選手ですが。
母:そこまではよかったんです。本人も言ってたんとちがいます?その後、東京の亜細亜大学に進学したけど、一年の8月頃、椎間板ヘルニアで退学して、野球は断念したんです。が、治療してから、本人がまたやりたいと言い出して。野球しなかったからですかねぇ、それでずっとやってきたから、親も一緒に。(笑)


 東亜専門学校(滋賀県)で再び野球を志した藤本選手は2年後、「ディプロ」の社会人野球に入団、そこからドラフトで阪神へ。
母:いろんなところまわってきたけどやっぱり野球一筋!(笑)ある人が息子が挫折して帰ってきたときに「藤本くん、夢は大きいほど近づいてくるものだよ」と何かに書いてもらって。本人は「そんなんわかってる」とポンとほっていたけど、私がとっておいたら今こうしてそのとおりになってね。


 阪神の寮生活でなかなか明石にも帰れない藤本選手ですが、ご両親はお店で試合を見ながら、いつまでもいっしょに野球のボールを追いかけておられるのでしょうね。藤本選手のプロ生活はまだ始まったばかりです。

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