イラストレーター
絵本作家  永田 萠さん


本を閉じても
    いつも

       ファ

(2001)
ながた もえさん
 兵庫県加西市生まれ。出版社などでグラフィックの仕事に携わった後、1975年イラストレータとして独立。豊かな色彩と日本的なぼかしの技法で独自の画風をつくりだした。夢あふれる「花と妖精」の世界は、国内外を問わず広く親しまれている。
 2000年に開催された淡路花博では、公式ポスターやキャラクターマーク「ユメハッチ」の制作なども担当。
 平成14年1月に明石市立文化博物館で、「永田萠色彩のファンタジー展 夢は、なに色?」を開催。多くの観覧者を集めた。現在、京都市在住。


 イラストレーター、絵本作家として「夢」を語る永田萠さん。ひとつひとつの絵に溶け込んだ「夢」は私たちの心を癒し、優しくしてくれます。明石文化博物館での講演会の時、インタビューさせていただきました。

今回の展覧会のテーマは「夢は、なに色?」ということでしたが、萠さんのなかで夢とはどんな色ですか。
 夢って一色ではなくて、たくさんの夢があります。私の夢は、フルカラーです。

どんな子どもでしたか。
 子どものころは、読書に浸るのが好きでした。口べたで中学・高校時代は人と接するのが苦手だったので、物語のなかに友達がいるような子でした。

絵を描くのが好きだったんですか?
 はい、すーごく好きでした。少しでも白いところがあると、何か描きたくなってね。白い紙を見るとわくわくしていました。

ずっと絵を描く職業につきたいと考えていたんですか。
 子どものころは、絵を描く仕事をする人がいるなんて知らなかったから・・・。大人になったら、働く人になりたかったですね。独立して自分の人生を自分で切り開くような人にね。ひとりで働く人になろうとおもっていたんです。

絵の道に入るようになったきっかけは。
 絵の学校に進学しようと決めたのは、高校3年生の時ですね。私は、「いわさきちひろ」さんの絵を見て育ったんですけど、遠い夢で、いつかこんな人になれたらと思っていましたから。

絵に花とか妖精が入っている絵が多いですが、花と妖精に何かメッセージがこめられているのですか。
 大人になってくると、悲しい時、苦しい時とか増えていって、花に慰められる時がよくあるの。私の絵を、花を見るように見て欲しいですね。私の絵を見て、誰かが慰められたり、励まされたりしたらいいですね。

萠さんは、妖精や天使を見た!ということは今までにありますか。
 毎日見ていますよ、絵の中に。子どものころから想像することか好きで、本を読んでいると、物語の世界と現実の世界が交錯しますよね。目に見えているものだけが存在するんじゃなくて、目に見えないものから、世界は構成されていると今も信じています。本を閉じても、いつも心にファンタジーがずっと残っているようにね。

萠さんの絵を心の励みと思っている人はたくさんいると思いますが、萠さん自身の励みとしているものは何ですか。
 今はたくさんの人に出会って、たくさんの声を聞きたいと思っています。人に会うことが元気のもとですね。花も自然も好きだけど、人と会って話をすることが好きです。

明石にはよく来られるんですか。
 私は、兵庫県の人権大使という役目をしているんです。
 昨年の明石の人権フェスティバルの時も講演しましたし、明石にはよく来ています。
 明石は、きれいだし、おいしいものがあるし、魚の棚で買い物したりもしますよ。

情報紙を読んでくれている明石の子ども達にメッセージをお願いします。
 駅から城がパノラマに見える、こんな駅は、日本でも少ないでしょう。私は在来線で来るのが好きですが、海も見えて、いいですね。
 緑があって、青い海があってすばらしいところです。「ふるさと」、この町・明石がふるさとであるというのは、すごく幸せなことだと思います。

 夢を語るように輝いた表情でインタビューに応じて頂きました。いつまでも色あせない夢を抱きつづけている萠さんと数々の作品は、これからも多くの人に愛と夢を与え続けてくれます。

top 1 2 3 5 6